〇企業経営の歴史的転換点
これまで半世紀、企業経営は「規模をどう拡大し、売上をどのように伸ばすか」、そして「利益を最大化するにはどうすればよいか」など効果効率を追求する経営が主流でした。しかし、新型コロナウイルスはその価値観を一瞬で吹き飛ばしました。
日本電産の永守社長が「人命が第1やぞ。君自身がまず命を守れ。家族を守れ。会社はその次でいい」と発言し驚きを誘いました。
また、日本における基幹産業、トヨタの豊田社長は6月の株主総会で「世の中を元気にし『幸せを量産』する会社としたかった」と述べ、株主に対し「この見通しは、地道な努力を続けてきた世界37万人の従業員ら全員で作り上げたもの」と現場を慮り、涙を見せました。大手企業トップがメディアを通じてこのような発言をすること自体、時代が変わりつつある兆候と言えるでしょう。
かつて、日本の経営は世界から称賛されていた時代がありました。しかし、バブル崩壊を起点として、それまでの日本的経営は時代遅れだと否定され、どんどん切り捨てられ、欧米型の資本の論理による経営が称賛されてきたのがこの30年でした。
しかし、その結果として、日本の企業の生産性は上がるどころか世界の中では相対的に下がってしまっています。一人当たりの生産性指数はOECD先進7か国の中でも最下位になり、さらに働く人のモチベーションや会社に対する信頼度も低く、社員が持てる能力を発揮しきれていないのが現実です。
本来、企業経営において業績を高めたければ、社員のモチベーションを高め、会社に新たな価値をもたらす新製品開発や新規事業開発の創造的業務に取り組むことが必要です。その結果、消費者から喉から手が出るほど欲しいと言われるような、画期的な新商品やサービスを世に送り出すことにつながり、業績も高まるのです。
〇ポストコロナで出現する有効供給不足
「市場は、いつも正しい。顕在化しているか、潜在化しているかはともかく、有効需要はいつの時代も存在しているからである。問題は供給側にあるのである。つまり景気を左右するのは『有効供給の有無』なのである。不況は有効需要の不足ではなく、有効供給の不足によってもたらされるのである」(坂本光司会長著『人を大切にする経営学講義』PHP研究所より)
テレワークの浸透や、オンラインでの取引の増加により社会のニーズも大きく変わりつつあります。その結果、各市場においては、企業や消費者の運営体制、生活様式が変わり一気に有効供給がなされていない市場が出現しています。そして、この新しい市場に適応するために、多くの企業でこれまでの商品・サービスの提供方法やビジネスモデル自体を見直す必要が生じます。
しかし、企業は変化の激しさについていけず、この需要に対応できていません。とくに大手と呼ばれる企業ほど、この変化に迅速に対応することは難しいでしょう。なぜなら、出現している市場自体がまだまだ潜在的、かつこれまでと比べて細分化された小規模な市場であるからです。
したがって、我々中小企業こそ小回りが利く特性を活かし、この環境変化に対応することでお客様が欲しがっている商品やサービスを提供する役割を担う必要があります。真面目に経営を行ってきた企業であれば、これまでの取り組みに自社を特徴づける何かがあるはずです。多くの取引先や消費者はこれまでとは違った商品、サービスの登場を今か今かと待ち望んでいるのです。
まさに、人を大切にする経営を実践する会社にとっては、これまでの基盤を活かし新しい市場に必要とされる商品・サービスを創造する大きな機会なのです。
〇「人を大切にする経営」は輝きを増す
「弊社への新規受注が殺到していますが、対応しきれないのですべて断っています」「大手さんより安心、安全で信頼できるからとおっしゃっていただき、お客様からのご依頼が以前より増えました」これらは、最近お話をお聞きした「人を大切にする経営」を実践する経営者の生の声です。
このコロナ禍の中でもしっかりと必要な取り組みを続ける企業は、外部環境の変化はどこ吹く風と、一時的な売上の上下に一喜一憂せず、事業を見つめなおし、来るべき時代に備えた新しい事業の種まきや、社員の教育を強化しています。
そして、どの会社にも共通することとして、根底に流れる「人を大切にする経営」理念の存在とその実践が挙げられます。
ポストコロナにおいては、「社員の命と健康を守っていくこと」が経営においてより重要な要素になってきます。さらに言うなれば、その対象は社員だけでなく「人を大切にする経営」が提唱する5人です。社員とその家族、社外社員とその家族、現在顧客と未来顧客、地域社会とりわけ地域の弱者、そして株主です。
多くの会社で経営の目的は「関係する人々の幸せを創造すること」に軸足が移ります。売上や利益はその目的を達成するための手段にすぎません。
経営の基盤となる「人」というかけがえのない存在を教え育て、成長させ、幸せを増やすことは持続可能な社会や地域の形成につながります。ポストコロナにおいて、これを実現する会社が増えれば、日本の企業経営は再び世界から称賛される時代となるでしょう。